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Brexitの余波 ロンドンに代わる次のFintechハブはどこになるの、そしてAlpacaがEUにいくならどうする?

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こんにちは。インターンの加藤です。このブログでは昨今の日米のFintech事情を中心にお伝えしていますが、今回はBrexitが起こり、今後の動向も気になるEUのFintech事情に注目してみたいと思います。

目次

  1. Fintechハブとしてのロンドン
  2. EUのFintechハブはどこの都市になるのか
  3. Brexitの影響
  4. まとめ

Fintechハブとしてのロンドン

国民投票によりイギリスがEU離脱を決めるという歴史的な出来事があったことは、皆さんの記憶に新しいと思いますが、近年、ロンドンはFintechの世界的なハブとして知られ、EU内から多くのFintechスタートアップがロンドンに集まり、活動をしています。

Brexitが起こる前に書かれたこの記事では、「今のところ、ロンドンはEUのFintechの王様だ」と述べています*1

ロンドンが「王様」だとされることを示す数字があります。2010年から2015年まで、全世界でFintechへの投資額は$49.7billionですが、そのうちイギリスのFintech企業へは$5.4billion、一方、他のEU諸国へは合計で$4.4billionです。イギリス一国で合計金額を上回っていますね*2。圧倒的な強さを感じます。

EUのFintechハブはどこの都市になるのか

そんな中起きた今回のBrexit。その影響はやはり大きいようで、ロンドンに代わる、次のEU内のFintechハブになるのはどこなのかということに注目が集まっています。ここからは、なぜ今までロンドンがFintechスタートアップのハブとして発展してきたのかを幾つかの要素に分解し、それぞれについて次の候補地を考えていきたいと思います。

世界有数の金融都市

Fintech=Finance+Technologyですので、まずはFinanceの面に注目してみましょう。ロンドンがFintechの世界的なハブに発展していった大きな要因の一つとして、ロンドンが古くから世界有数の金融都市であるということが挙げられます。英シンクタンクZ/Yenグループが4月に発表した世界金融センター指数(GFCI)*3では、ロンドンがニューヨークを抜き、1位に輝いています。20位以内にランクインしているEU加盟国の都市は14位のルクセンブルク、18位のフランクフルトです。10位以内にランクインしている都市はなく、EU内での金融都市としてのロンドンの存在感の大きさがわかります。(ちなみに東京は5位です)

またランキングには入っていませんが、この記事ではパリはユーロ圏で第1位の金融市場だとしていますし、アムステルダムもBrexit後のロンドンに代わる金融ハブの候補として名前が挙がっているようです*4

有力Fintechスタートアップ

現在、EU内の多くのFintechスタートアップがロンドンに集まっていますが、別の都市を拠点とし、大きな成長を遂げているスタートアップもあります。この最もアツいヨーロッパのFintechスタートアップ15選(2015年)の中で、およそ半数近くをロンドンを拠点にする企業が占める中、ビットコインレンディングプラットフォームのBitbond、ソーシャルレンディングプラットフォームのLendico、モバイル銀行のNUMBER26、オンラインで融資を行うSpotcapの4社が拠点を置くのがドイツのベルリンです。ベルリンはこの4社以外にも多くのFintechスタートアップが集まっているようで、このような地図もありました*5

f:id:alpacablog:20160806054936p:plain image credit: Web Magazin

路線図をベースに作られているようですが、あちこちにFintechスタートアップがあることがよくわかります。

また、FacebookやUber、Airbnb、Netflix、Dropboxなどと取引をする決済サービスプロバイダーのAdyenはアムステルダムにあります。さらにアムステルダムはビットコインやイーサリウムの中心地としても知られています。

規制

ロンドンがFintechのハブになっていった理由について調べていると、多くの記事が指摘しているのが「シングルパスポート」の存在です。シングルパスポートとは、1つのEU加盟国で免許を得た金融機関は、他のEU加盟国で自由に支店の開設や金融商品の販売が可能となる制度です。これにより、イギリスで免許を得たスタートアップはイギリス以外の国で活動を行うために、それぞれの国の免許を取得する必要はありません。

以前この記事でも取り上げましたが、金融業界に参入するためのライセンスの取得はFintechスタートアップにとっては大きなハードルの一つと言われています。その負担を減らしてくれるこの「シングルパスポート」、イギリスがEUを離脱しても引き続き適応される条約を結べるのかに注目が集まっているようです。

またイギリスにはRegulatory sandboxというライセンス取得前に”実験”ができるという制度もあります。この記事では、以下のように言っています。

イギリスの一つの利点は、新しいビジネスモデルに対する規制を受け入れる時、金融サービスの番人として他と比較して革新的だとKent氏(Azimoの共同創業者でCEO)は言いました。対照的に、ドイツ連邦金融監督所はあまり進歩的ではない傾向があると彼は加えました*6

イギリスが制度の面で、Fintechスタートアップに対して寛大であることが窺い知れます。

一方この記事の中で、Santander InnoVenturesのパートナーであるBouvier氏はこのように述べています。

FCAによるSandboxの取り組みへのリーダーシップはまた疑われなければならない。パリ、フランクフルト、ダブリン、ルクセンブルク、ブリュッセルは手を挙げたいだろう。EUのregulatory sandboxを歓迎するために、そしてsandboxより活発さ、革新さ、注目をFCAのものよりも魅了するだろう*7

様々な分野にスタートアップが存在する中で、Fintechという分野は規制という要素が大きな影響を持っているからこそ、各国がSandboxのようなFintechスタートアップが参入しやすくなる制度を今後始めることができるかが、一つの鍵になっていると考えられます。

言語

ロンドンがFintechのハブとして急速に発展した背景には、英語の存在もあるでしょう。イギリス内のFintech企業で働く人のうち、30%以上が、EU加盟国、または他の国々から来ていると言われています*8。そんな中、今や世界共通語となった英語を使用するイギリスは、様々な言語を母国語とする人たちが一緒に働くにはいい環境です。

イギリスと同じく、公用語を英語とするアイルランドのダブリンは言語の面で有利と考えられます。また、オランダの公用語はオランダ語ですが、国民のほとんどは英語を話せると言われており、ロンドンから拠点を移す場合、言語に関しては比較的スムーズに移行できると想像できます。

また、ルクセンブルクの公用語はルクセンブルク語、ドイツ語、フランス語の3つです。EU内で最も多言語能力に長けた国と言われており、様々な国から集まってスタートアップを始める場合など、有利に働くこともあるでしょう。

街としての魅力

ロンドンという街には、街自体にも大きな魅力がありますよね。美しい街並み、ファッションやアート、音楽、様々な文化の中心地です。そんなロンドンと比べて、フランクフルトは、 街としての規模が小さく、生活コストを抑えることはできるが、退屈なのでは、とこの記事で言っています。確かに街としての魅力があった方が、そこに住んで働きたい、という気持ちが強くなることはありますよね。

ロンドンと同じくらいの規模で魅力的な街としてパリが浮かぶと思いますが、パリとは違う魅力で、ベルリンも若者を惹きつけているようです。この記事では、「”貧しいけれどセクシー”という、有名だが公式ではないベルリンのモットーもまた洞察を導いているかもしれない。ベルリンは若い外国人の温床だ。それはアーティストや旅行者、テック関係の人間さえも魅了している*9。」と言っています。Fintechに限らず若者を魅了する街というのは成長に必要なエネルギーを持っているのではないでしょうか。

資産比率

これは、EU諸国の個人金融資産の比率です*10

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EU諸国は日本と比べて現金の保有比率が低く、アメリカと比べると、スウェーデンを除き、株式などの割合が小さいという傾向はありますが、国ごとに内訳が大きく異なることがわかります。まず目を引くのはイギリスの58.5%という保険・年金の割合の大きさです。これはイギリスでオプト・アウト方式(自動的に加入させられ、加入者の意志で脱退することができる)を取っている確定拠出年金制度の普及が理由の一つだと考えられます*11。また、アメリカを上回るスウェーデンの株式などの保有比率の高さも特徴的です。この記事では、フランスの株式などの保有率も低くはなく、これはPEAと呼ばれる税制上の優遇措置が影響していると述べています。

税制など、制度が資産構成にも大きな影響を与えていることがわかりますが、税制という面では、イギリスと比べ、ドイツ、フランスは法人税率が高く、一方アイルランドは12.5%と低くなっています。

その他

その他に考えられる要素についても見ていきましょう。国際機関としてはフランクフルトにはECB(欧州中央銀行)、ブリュッセルにはEU本部があります。

Brexitの影響

ここまではロンドンに代わるFintechハブになりうる可能性があるのはどの都市なのか、様々な角度から見ていきましたが、実際にBrexitによってFintechスタートアップはどのような影響を受けているのでしょうか。

この記事では、優秀な人材の流出が心配だと言っています。

Fintech企業はBrexitが優秀な才能を魅了し保持するのに、よりコストがかかるように、複雑にする可能性があると考えている。彼らの多くはポルトガルやポーランドのような国から開発者を雇っているのだ。「一般的な懸念事項は才能と技術の流出だ」とDecodedのCEOのKathryn Parsons氏は言った。「幾つかのもっとも優秀なテックの才能は海外(イギリス以外)から来ているのだ」

ロンドンを拠点とするオンライン国際送金サービスのAzimoの共同創業者でCEOのMichael Kent氏は、正式にイギリスがEUを離脱する最短期間と言われている”2年間”を待てないと言っています。

私たちは完全にイギリスを離れるということはないだろう。私たちはいつもロンドンに存在価値を持っている、なぜなら顧客の多くはイギリス人で、彼らが他のどこかに行くとは考えられないからだ。しかし、私たちの財務や人員配置については考えるだろう。事実、我々は今、それを考えている。なぜなら何が起こるのか理解するのに、2年間も待てないからだ。

Alpacaにもアプローチが!

Brexit後、EU諸国からなんとAlpacaへのアプローチも増えています。

アムステルダムからはイベント参加のお誘いをいただきました。そのメールの中で、「あなたたちがアムステルダムに来てくれることを歓迎します。今、ロンドンはEUを離れることを決めました。アムステルダムは確かにEUの金融市場に入るのに最もよい選択のうちの一つです*12。」と言っており、今回のBrexitをチャンスと捉えている事がよくわかります。

また、フランス大使館からもご連絡をいただいています。海外からフランスに進出する企業へのサポートに力を入れているようです。

もしAlpacaがEUに進出するなら

では、仮に、AlpacaがEUに進出するとしたら、どこの都市を拠点にするのがいいのでしょうか。現在シリコンバレーに拠点を置いて活動する上で実感する魅力と難しさから考えてみようと思います。

まずシリコンバレーの大きな魅力は、世界的なテックの中心地であることとエコシステムが出来上がっていることです。そのため、スタートアップとしてビジネスを行うのに必要な情報も入ってきやすい環境になっています。

一方、コストが高いというのが難点です。人件費、リーガルコスト、税金も含めて、アメリカ、シリコンバレーで活動するにはとにかくコストがかかります。また、シリコンバレーは金融都市というわけではありません。取引所のあるニューヨーク、シカゴとは普段は電話会議を行いますが、どうしても現地に行かなくてはならず、日帰り東海岸出張を決行するということもあります。

ではこれらを踏まえて、EUに進出するならどこの都市なのでしょうか。(EUということでイギリスは含めません)Alpacaは世界中から才能あるエンジニアを探しています。現在も半分ほどのエンジニアは日本人ではありませんし、エンジニア関連業務も原則英語で行っています。そう考えると、優秀なエンジニアが確保しやすい場所というのも重要な選択肢になり、ここではEU中の機械学習・数学の強い人材をシームレスに採用できるEU圏の都市が魅力的です。

シリコンバレーのようなテックの中心地は該当するところはないと言えるでしょう。続いてエコシステムですが、このエコシステムを評価したランキング(The Global Startup Ecosystem Ranking 2015)では、ベルリン、パリ、アムステルダムがランクインしています。

コストの面では税制ではダブリンが魅力的ですし、金融センターとしては、ルクセンブルク、フランクフルト、パリ、アムステルダムが挙げられます。

また、AlpacaはFintechの中でもトレーディングの分野で活動をしているので、マーケットの大きさも重要です。規模としては、フランクフルト、パリなどが考えられますが、先ほどの資産構成比率から考えると、アメリカを上回る比率の株式などを保有するスウェーデンはトレーディングに対する心理的ハードルが低いことが想像できます。

加えて、英語でコニュニケーションが取れるということもできるに越したことはありません。そうなると、アイルランドのダブリン、オランダのアムステルダムがその点では現実的です。

このように考えていくと、幾つかの都市に絞られてきますが、現地で体感するもの、というのも実はとても重要です。生活環境はどうなっているのか、エネルギーを感じるか、人々はどのようなことに関心を持っているのか。もしEUに進出するなら、最終的には、実際に現地に行ってその空気を感じて決めたいです!

まとめ

今回はBrexitがEUのスタートアップにどのような影響を与えるのか、ロンドンに代わるFintechハブはどこになるのかに注目して取り上げました。調べてみると、ロンドンがいかにFintechスタートアップにとって魅力的な場所であったかということと共に、他の都市は決め手に欠ける印象を受けました。だからこそ、ロンドンに留まるべきか、他へ移るべきか、ではどこに行くのが最適なのか、それぞれ難しい選択を迫られているのではないでしょうか。

シリコンバレーと東京に拠点を置くAlpacaですが、同じFintechスタートアップとして、EUのFintech事情にも注目し続けたいと思います。

*1: “London Is The European King Of Fintech, For Now”

*2: “London is Europe’s booming billion dollar fintech capital”(http://www.thememo.com/2015/09/14/london-is-europes-booming-billion-dollar-fintech-capital/)

*3:http://www.longfinance.net/global-financial-centre-index-19/976-gfci-19-the-overall-rankings.html

*4:「金融センター、アムステルダムなどに脚光=オランダ財務相」(http://jp.reuters.com/article/britain-eu-dijsselbloem-city-idJPKCN0ZA3MD)

*5:http://dataconomy.com/berlin-future-fintech/

*6:One advantage of the UK is that its financial services watchdog is relatively innovative when it comes to adapting regulation for new business models, said Kent. In contrast, Germany's Bafin tends to be less progressive, he added.

*7:The leadership of the FCA's sandbox approach also has to be in doubt. Paris, Frankfurt, Dublin, Luxemburg or Brussels will want to raise their hands to welcome a EU regulatory sandbox and that sandbox will attract more activity, more innovation, more attention than its FCA counterpart.

*8:"Impact of Brexit on UK FinTech" (http://www.lexology.com/library/detail.aspx?g=d862ea4b-1872-4e32-a8e9-393ce1d02b81)

*9:The famous, unofficial motto of Berlin, “poor but sexy,” may also lend insight. Berlin is a hotbed of young internationals. It attracts artists, travelers, and even techies.

*10:「主要国の家計資産の構成比率をグラフ化してみる(2015年)(最新)」(http://www.garbagenews.net/archives/2288638.html)

*11:「DC 年金改革 -英国の例にみる日本への示唆- 」(http://www.tr.mufg.jp/houjin/jutaku/pdf/u201607_1.pdf)

*12:“Would be great to welcome you in Amsterdam. Now that London has decided to leave the EU. Amsterdam is certainly one of the best options to enter the EU financial market.”